※この記事は『リズと青い鳥』『超かぐや姫!』のネタバレを含みます。
『超かぐや姫!』を見ていて、幼いかぐやが『かぐや姫』の物語に触れ、ハッピーエンドを望む場面で、僕は『リズと青い鳥』を思い出しました。
『リズと青い鳥』でも、希美が童話『リズと青い鳥』を借りてきて、みぞれと一緒に読んでいます。そして希美もまた、物語は「ハッピーエンドがいい」と話します。
どちらの作中物語にもあるのは、大切な人との別れです。
ただ、二作品はそこから全く違う答えへ進んでいきます。
『リズと青い鳥』は、変えられない現実を受け入れながら、その中でハッピーエンドを見つけていく作品。一方の『超かぐや姫!』は、一度訪れた別れを物語の終わりにせず、自分たちの手でその先へ進もうとする作品です。
そして改めて比べてみると、この違いは二人の言葉にも表れているように感じました。
希美は「ハッピーエンドがいい」と願う。かぐやは「ハッピーエンドにする」と、自分から物語を変えようとする。
似ているようで少し違うこの姿勢が、それぞれの作品の結末にもつながっているのではないかと思います。
ちなみに、『超かぐや姫!』を単体で見たときの感想や、ライブシーン・彩葉とかぐやの関係については、初見感想の記事で詳しく書いています。
- どちらの作中物語にも「大切な人との別れ」がある
- みぞれにとって、青い鳥が飛ぶことは「希美がまたいなくなること」
- 希美にとっては「飛び立つこと」と「関係が終わること」は別だったのかもしれない
- 『リズと青い鳥』で本当に翼を持っていたのは、みぞれだった
- 『リズと青い鳥』は、現実の中で成立するハッピーエンド
- 『超かぐや姫!』では、本当に『竹取物語』が現実になる
- かぐやは「ハッピーエンドがいい」ではなく「ハッピーエンドにする」
- かぐやは一度、本当に彩葉と別れる
- 『超かぐや姫!』は、別れを「終わり」にしない
- 二作品の違いを整理すると
- なぜ一方は別れを受け入れ、一方は別れを終わりにしないのか
- まとめ|「ハッピーエンドがいい」と「ハッピーエンドにする」
- どちらの作中物語にも「大切な人との別れ」がある
- みぞれにとって、青い鳥が飛ぶことは「希美がまたいなくなること」
- 希美にとっては「飛び立つこと」と「関係が終わること」は別だったのかもしれない
- 『リズと青い鳥』で本当に翼を持っていたのは、みぞれだった
- 『リズと青い鳥』は、現実の中で成立するハッピーエンド
- 『超かぐや姫!』では、本当に『竹取物語』が現実になる
- かぐやは「ハッピーエンドがいい」ではなく「ハッピーエンドにする」
- かぐやは一度、本当に彩葉と別れる
- 『超かぐや姫!』は、別れを「終わり」にしない
- 二作品の違いを整理すると
- なぜ一方は別れを受け入れ、一方は別れを終わりにしないのか
- まとめ|「ハッピーエンドがいい」と「ハッピーエンドにする」
どちらの作中物語にも「大切な人との別れ」がある
童話『リズと青い鳥』では、孤独に暮らしていたリズのもとに一人の少女が現れます。二人は一緒に暮らし、幸せな時間を過ごしますが、後に少女の正体が青い鳥だったことが分かります。
青い鳥には、自由に空を飛べる翼がある。リズは、自分と一緒にいることでその翼を奪ってしまっているのではないかと考え、最後には青い鳥を送り出します。
一方、『竹取物語』では、かぐや姫が地上で暮らしながら、最後には月へ帰らなければなりません。
どちらも、大切な人と一緒にいたいのに、最後には離れなければならない物語です。
だからこそ、希美もかぐやも、その結末に対してハッピーエンドを望んだのだと思います。
みぞれにとって、青い鳥が飛ぶことは「希美がまたいなくなること」
『リズと青い鳥』で、みぞれは最初、自分をリズ、希美を青い鳥として物語を見ています。この見方には、二人の過去が大きく関係しています。
高校1年生の頃、希美は一度吹奏楽部を辞めています。しかも、そのことをみぞれには伝えていませんでした。
みぞれからすれば、大好きだった希美が何も言わずに自分の前からいなくなった経験です。だから童話の中で青い鳥が飛び立つことにも、不安を感じる。
みぞれにとっては、青い鳥が飛んでいくこと=希美がまた自分の前からいなくなることに近かったのだと思います。
そのため、青い鳥を自ら送り出すリズの選択を簡単には理解できません。好きだからこそ離れたくない。みぞれにとって、別れはまだハッピーエンドには見えませんでした。
希美にとっては「飛び立つこと」と「関係が終わること」は別だったのかもしれない
一方で、希美は当初、自分を青い鳥の側として見ています。そして作中では、青い鳥も会いたくなったら戻ってくればいい、という趣旨のことを話します。
ここから考えると、希美にとっては、飛び立つことそのものが問題なのではなかったのかもしれません。自分は自由に飛び立っても、戻った時にはみぞれがいて、自分を必要としてくれる。そんな関係をどこかで前提にしていたようにも見えます。
実際、みぞれが少しずつ希美への依存から離れていく場面で、希美は必ずしも嬉しそうな表情だけを見せているわけではありません。みぞれが自分だけを見なくなることには、寂しさや不安もあったのではないでしょうか。
そう考えると、希美の「ハッピーエンドがいい」という言葉には、単に「離れてもまた会えればいい」というだけでなく、飛び立ったあとにも、自分が戻れる関係であってほしいという気持ちも含まれていたように感じます。
『リズと青い鳥』で本当に翼を持っていたのは、みぞれだった
音楽の才能という意味で、大きな翼を持っていたのはみぞれです。みぞれは音大への進学を勧められるほどの才能を持っています。
一方の希美も音楽が好きで、演奏もできる。それでも、みぞれと同じ場所まで飛べるほどの翼を持っているわけではありませんでした。
ここで希美は、自分が青い鳥ではなく、みぞれを見送るリズの側だったのかもしれないと気づいていきます。
この構図はかなり残酷です。
音楽を始めるきっかけを与えたのは希美で、音楽への思いも強い。それなのに、より遠くまで飛べる翼を持っていたのは、希美に誘われて音楽を始めたみぞれでした。
ただ、ここで希美が単純に「みぞれのために身を引いた」と考えるのも違うと思います。希美自身も、自分とみぞれの才能の差や、自分が思い描いていた進路とのズレを受け止めなければなりません。
だから最終的には、二人で同じ道を歩み続けることにこだわるのではなく、それぞれの進路へ進むことを受け入れていく。
ここで童話の「青い鳥を自由にする」という選択が、二人の音楽と進路の話に重なってきます。
『リズと青い鳥』は、現実の中で成立するハッピーエンド
『リズと青い鳥』で描かれる別れは、関係そのものを終わらせる話というより、同じ進路を歩み続けることを諦める話だと僕は感じています。
みぞれには音大へ進むだけの才能がある。一方の希美は、少なくともみぞれと全く同じ形でその道へ進めるわけではない。
もし物語として分かりやすい理想だけを考えるなら、二人とも音大へ進み、音楽で活躍し、そのうえでずっと一緒にいられる。それが一番きれいなハッピーエンドかもしれません。
でも『リズと青い鳥』は、そうしません。
二人には実際に才能の差があり、進路の違いがあります。その現実を都合よく変えるのではなく、変えられないものを受け入れたうえで、それぞれが前へ進んでいきます。
僕がこの結末を現実的なハッピーエンドだと感じるのは、別々の道を進むこと自体が幸せだからではありません。
本当は、同じ道を歩めるならその方が嬉しい。でも、そのためにどちらかの未来を無理に曲げることが、本当に二人にとって幸せなのか。
その現実に向き合い、それぞれの進路を選べたこと。それが『リズと青い鳥』の答えなのだと思います。
『超かぐや姫!』では、本当に『竹取物語』が現実になる
一方、『超かぐや姫!』では、幼いかぐやが『かぐや姫』の物語に触れ、ハッピーエンドを望みます。
この時点では、まだ一つの物語を見た感想です。しかし、その後かぐや自身の人生が『竹取物語』と重なっていきます。
彩葉に見つけられ、育てられ、成長し、やがて月へ連れ戻される。
『リズと青い鳥』では、童話を自分たちの現実に重ねながら解釈していました。でも『超かぐや姫!』では、解釈するというより、本当に『竹取物語』そのものが進行していく。
かぐやは物語を見る側から、その物語の当事者になります。
幼い頃にハッピーエンドを望んだ物語が、そのまま自分自身の未来になる。ここが二作品の大きな違いです。
かぐやは「ハッピーエンドがいい」ではなく「ハッピーエンドにする」
ここで改めて面白いと思ったのが、希美とかぐやの姿勢の違いです。
『リズと青い鳥』で希美が言うのは、「ハッピーエンドがいい」という願いです。
童話の結末は、すでに決まっています。希美やみぞれがどれだけ「この結末は嫌だ」と思っても、物語の中のリズと青い鳥の結末そのものを変えることはできません。
そして、現実の二人も同じです。
みぞれの才能や希美の実力、進路の違いといった現実を、都合よく書き換えることはできない。だからこそ二人は、変えられない現実の中で、自分たちなりのハッピーエンドを探すことになります。
一方のかぐやは、ただ「ハッピーエンドだったらいいのに」と願うだけではありません。
「ハッピーエンドにする」
自分たちの物語を、自分たちの手で変えようとします。
そして『超かぐや姫!』の世界では、それが実際にできてしまう。
月へ帰るという『竹取物語』の結末を一度は迎えながら、その先へ進むことができる。何千年という時間を越えてでも、決められた結末の続きを作ることができる。
この「ハッピーエンドがいい」と「ハッピーエンドにする」の違いは、そのまま二作品の世界観の違いにもつながっているように感じます。
かぐやは一度、本当に彩葉と別れる
『超かぐや姫!』では、彩葉たちが月から来た存在に抗います。それでも最終的に、かぐやは月へ連れていかれてしまいます。
つまり、一度は『竹取物語』と同じ結末まで進むわけです。
かぐやは月へ帰り、彩葉は一人になる。ここまでなら、本当に『竹取物語』そのものです。
でも『超かぐや姫!』は、そこで終わりません。
月にいるかぐやは、彩葉の歌声をきっかけに、もう一度地球へ戻ろうとします。かぐや自身も、彩葉との別れを自分の物語の結末として受け入れていなかった。
ここが重要だと思います。
『超かぐや姫!』は、別れを「終わり」にしない
かぐやは彩葉のもとへ戻ろうとします。しかし、その途中で問題が起き、遠い過去へ飛ばされてしまいます。
そこからかぐやは、さまざまな姿や存在を通して長い時間を生き、最終的にヤチヨへとつながっていきます。
つまり『超かぐや姫!』のハッピーエンドは、最初から別れなかった物語ではありません。
一度は本当に別れてしまう。しかも、簡単に戻れるような別れではない。
それでも、その別れを「物語の終わり」にしなかった。
何千年もの時間を越えてでも、もう一度彩葉との物語につながろうとする。
幼い頃から望んでいたハッピーエンドを、途方もない時間をかけて自分の手で作ろうとしたとも考えられます。
ここまで来ると、『超かぐや姫!』は単に『竹取物語』の結末を否定した作品というより、『竹取物語』のその先を書いた作品にも見えてきます。
二作品の違いを整理すると
| 比較項目 | 『リズと青い鳥』 | 『超かぐや姫!』 |
|---|---|---|
| 作中で登場する物語 | 童話『リズと青い鳥』 | 『竹取物語』 |
| ハッピーエンドへの姿勢 | 「ハッピーエンドがいい」と願う | 「ハッピーエンドにする」と進む |
| 別れの中心 | 進路・音楽の才能の違い | 月へ帰るという運命 |
| 別れの意味 | 同じ道を進み続けることを諦める | 大切な人と強制的に引き離される |
| 物語との関係 | 自分たちを重ねながら解釈する | 自分自身が物語の当事者になる |
| 変えられるもの | 現実そのものは変えられない | 決められた物語の先へ進める |
| 最終的な答え | 現実を受け入れ、その中で幸せを探す | 別れを終わりにせず、続きを作る |
なぜ一方は別れを受け入れ、一方は別れを終わりにしないのか
ここまで比べると、二作品の結末が違う理由も見えてきます。
『リズと青い鳥』では、みぞれには音楽の才能があり、希美との間には進路の違いがあります。その違いをなくすには、現実そのものを都合よく変えなければなりません。
だから二人は、その現実を受け入れ、それぞれの道へ進んでいきます。
一方、『超かぐや姫!』では、かぐやも彩葉も一緒にいたいと思っている。一緒にいることで、どちらかの未来や可能性が奪われるわけでもありません。
それなのに、外から与えられた「月へ帰る」という運命によって引き離される。
だからこそ、その別れを最終的な答えとして受け入れる必要はない。
つまり二作品の違いは、「一緒にいること」と「別れること」のどちらが正しいかではありません。
その状況の中で、何を受け入れ、何を変えようとするのか。その答えが違うのだと思います。
『リズと青い鳥』では、変えられない現実を受け入れ、その中でハッピーエンドを探す。
『超かぐや姫!』では、決められた物語をそのまま結末にせず、自分たちでその先を作っていく。
結末は真逆でも、どちらも「大切な相手との未来をどう選ぶのか」を描いているところは、意外と近いのかもしれません。
まとめ|「ハッピーエンドがいい」と「ハッピーエンドにする」
『超かぐや姫!』でかぐやがハッピーエンドを望む姿を見た時、僕は『リズと青い鳥』の希美を思い出しました。
どちらの作中物語にも、大切な人との別れがあります。しかし、二作品がそこから出す答えは違います。
『リズと青い鳥』では、才能や進路といった現実そのものを都合よく変えることはできません。だからこそ、その現実を受け入れたうえで、それぞれの未来へ進んでいく。
一方の『超かぐや姫!』では、一度は『竹取物語』と同じ別れを迎えながらも、そこを最後の結末にはしません。決められた物語のその先へ進み、自分たちの手で続きを作っていきます。
「ハッピーエンドがいい」と願う『リズと青い鳥』。
「ハッピーエンドにする」と進む『超かぐや姫!』。
『リズと青い鳥』は、現実の中でハッピーエンドを見つける作品。『超かぐや姫!』は、物語の続きを作ることでハッピーエンドへ向かう作品。
同じようにハッピーエンドを望みながら、その言葉に込められた姿勢と答えがここまで違うことが、二作品を比較していて一番面白いと感じたところでした。

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