僕はかなり小さい頃からゲームをやってきました。親から聞いた話では、3歳くらいの頃にはすでにゲームを触っていたらしいです。
自分で覚えている範囲でも、幼稚園の頃にはアンパンマンのテレビゲームのようなものを遊んでいましたし、その後はDSやWii、3DSなど、任天堂のゲームを中心にずっと遊んでいました。だから僕にとってゲームは、後から突然ハマった趣味というより、最初から生活の中にあったものです。
そんな僕が本格的にゲームを最優先するようになったのは、小学校低学年くらいからだったと思います。そして今振り返ると、それが僕の人付き合いにかなり大きな影響を与えていました。
最初に言っておきますが、この記事は「ゲームは悪だ」と言いたい記事ではありません。ゲームをやめていればすべてうまくいった、とも思っていません。
ただ、僕の場合はたまたまゲームという一つの楽しみに生活が偏りすぎた結果、人と関わる経験をほとんど積まないまま大人になりました。
この記事では、ゲームばかりを優先してきたことで、友達付き合いやコミュニケーションにどんな影響があったのか、小学生から大学生までの自分を振り返ります。
今回は、そんな僕のしくじり談です。
- 幼稚園の頃は普通に人と遊んでいた
- 「一緒に帰ろう」を断り続けた
- 家に居場所がありすぎて、学校で居場所を作らなくなった
- 一番孤立を感じたのは、10分休憩だった
- 一人になってから、人間観察をするようになった
- 中学で荒野行動にハマり、今度はネットで人と話すようになった
- ネットは顔が見えないから楽だった
- 生活リズムまでゲーム中心になった
- 高校では「友達を作ろう」と思った。でも動けなかった
- 大学なら本当にリセットできると思っていた
- 会話はできる。でも会話を関係に変えられない
- 今ではSNSですら自分から話しかけにくい
- ゲームやアニメなど、一人で完結する娯楽だけで満たされていた
- ゲームをやめればよかった、とは思っていない
- 一番もったいなかったのは、人付き合いの経験
- それでも今、人とつながりたいとは思っている
- ゲーム100、人付き合い0じゃなくてもよかった
- で、ここからどうするんだ
- 幼稚園の頃は普通に人と遊んでいた
- 「一緒に帰ろう」を断り続けた
- 家に居場所がありすぎて、学校で居場所を作らなくなった
- 一番孤立を感じたのは、10分休憩だった
- 一人になってから、人間観察をするようになった
- 中学で荒野行動にハマり、今度はネットで人と話すようになった
- ネットは顔が見えないから楽だった
- 生活リズムまでゲーム中心になった
- 高校では「友達を作ろう」と思った。でも動けなかった
- 大学なら本当にリセットできると思っていた
- 会話はできる。でも会話を関係に変えられない
- 今ではSNSですら自分から話しかけにくい
- ゲームやアニメなど、一人で完結する娯楽だけで満たされていた
- ゲームをやめればよかった、とは思っていない
- 一番もったいなかったのは、人付き合いの経験
- それでも今、人とつながりたいとは思っている
- ゲーム100、人付き合い0じゃなくてもよかった
- で、ここからどうするんだ
幼稚園の頃は普通に人と遊んでいた
意外かもしれませんが、幼稚園の頃の僕は普通に人と遊んでいました。外で鬼ごっこをしたり、一緒に遊んだり、時には喧嘩したり。特別コミュニケーションが苦手だった記憶はありません。
もちろん幼稚園児なので、今みたいに「どう話しかければいいんだろう」とか、「変に思われないかな」なんてこともほとんど考えていなかったと思います。
ただ、小学校に入った頃から少しずつ生活が変わっていきました。学校の中では普通に人と遊びます。休み時間に遊ぶこともありました。
でも、学校が終わった瞬間に僕が考えていたことはほぼ一つでした。
早く家に帰ってゲームがしたい。
これです。
「一緒に帰ろう」を断り続けた
学校が終われば、友達同士で一緒に帰ったり、少し学校に残って喋ったり、寄り道したりする人がいます。当時の僕も、「一緒に帰ろう」と誘われることはありました。
でも僕は断ります。なぜならゲームがしたいからです。
相手が嫌いだったわけでもありません。一緒にいるのが嫌だったわけでもありません。ただ単純に、
学校に残る時間より、家に帰ってゲームする時間の方が大事だった。
それだけです。
罪悪感もほとんどありませんでした。僕からすると、相手は「まだ学校で喋りたい人」。僕は「もう家に帰りたい人」。ただそれだけの違いだと思っていました。
たぶん少しだけ残って喋ったりしたこともあったと思います。でも最終的には僕が先に帰る。そういうことを繰り返していました。
すると、当然ですがだんだん誘われなくなります。今考えれば当たり前です。毎回断る人間を、何度も何度も誘う必要なんてありません。
4回、5回と断られれば、
「こいつ誘っても帰るし、もういいか」
となります。そりゃそうです。
別に相手が悪いわけではありません。完全に僕がそういう行動を取り続けた結果です。
家に居場所がありすぎて、学校で居場所を作らなくなった
誘われなくなっても、当時の僕はそこまで困りませんでした。家に帰ればゲームがあったからです。
学校で誰かと遊ばなくてもいい。放課後に喋らなくてもいい。家に帰れば自分のやりたいことがある。
今振り返ると、これがかなり大きかったと思います。
家の中だけで生活が満たされていた。
だから、学校で人との関係を作る必要性をあまり感じなくなっていきました。
もちろん、誘われる回数が減っていることには気づいていました。学校で自分の居場所がだんだんなくなっている感覚もありました。
ただ、だからといって行動を変えるほど苦しかったわけでもありません。少し寂しい。少し居づらい。でも家に帰れば楽しい。
だからそのまま受け入れていました。
一番孤立を感じたのは、10分休憩だった
中学生になる頃には、学校で話す人がほとんどいなくなっていました。休み時間も基本的には自分の席に座っているか、トイレに行くか。そんな生活です。
一番「自分は孤立しているな」と感じやすかったのは、意外にも昼休みや放課後ではなく、10分くらいの短い休み時間でした。
昼休みなら、みんな外へ行ったり、体育館へ行ったり、教室から散らばります。小学生なら外で遊ぶ人もいます。だから、一人でいても意外と目立ちません。
でも10分休憩は違います。時間が短いので、ほとんどの人が教室の中に残ります。そして、みんな近くの友達と喋ります。
その中で、自分だけ机に座っている。これが結構目立つんです。
「あ、自分だけ誰とも喋ってないな」
ということが、嫌でも分かります。
当時は他人の目線もかなり気にしていました。一人でいることそのものより、
「あいつ一人だな」と思われているんじゃないか
ということの方が嫌だった気もします。
でも、だからといって誰かに話しかけることもできませんでした。自分が取ってきた行動の結果なので、誰かを責めることもできません。
仕方ないな、と思いながら受け入れていました。
一人になってから、人間観察をするようになった
一人でいる時間が増えてから、学校での過ごし方も少し変わりました。言い方は悪いですが、人間観察をするようになったんです。
自分の席に座りながら、
「みんな何の話してるんだろう」
と、周りの会話をなんとなく聞いている。
もちろん本気で盗み聞きしようとしているわけではありません。ただ、自分はその会話に参加していないので、自然と外側から見るようになるんです。
今思えば少し不思議です。人と関わらなくなったのに、人への興味までなくなったわけではなかった。
むしろ、
「みんなってこういう話をするんだ」
「こういう感じで会話って続くんだ」
と、外側から眺めていました。
学校生活を自分が送っているというより、少し観客側に回っていたような感覚だったのかもしれません。
中学で荒野行動にハマり、今度はネットで人と話すようになった
中学生になると、『荒野行動』にハマりました。そして、この頃からネットを通して人と交流するようになります。
運よくゲーム内で仲良くなる人ができて、だいたい同じメンバーで毎日のように通話しながらゲームをするようになりました。
学校ではほとんど喋らない。でも家に帰ればゲーム内では普通に喋る。学校よりネットの方が圧倒的に人と話していました。
これも、今振り返るとかなり大きかったと思います。
学校は、勉強するだけの場所ではなく、人との関わり方を覚える場所でもあると思っています。いろいろな家庭環境や性格の人が集まって、その中でどう付き合うかを少しずつ覚えていく。
でも僕は、その「人とのつながり」の一部をネットで満たすようになりました。
学校で人と喋らなくても、家に帰れば喋れる。ゲームをすれば安心できる。だから余計に、学校で人との関係を作る必要を感じなくなっていったんだと思います。
ネットは顔が見えないから楽だった
僕には昔から、緊張すると顔がかなり赤くなる癖があります。小学生の頃にはすでに自覚していました。
誰かに話しかけられたり、人前で答えたりすると、別にものすごく恥ずかしいと思っているわけでもないのに顔が赤くなる。それが自分ではかなり嫌でした。
中学生になると、人前に立つことや、先生に当てられることにも強く緊張するようになりました。心臓がものすごく速くなる。顔も赤くなる。それがまた恥ずかしい。
そんな僕にとって、ネットは居心地が良かったんです。
顔が見えません。赤面しても相手には分かりません。しかもゲームなら、最初から共通の話題があります。
相手も荒野行動をやっている。だから「何を話せばいいんだろう」と考えなくても、ゲームの話をすればいい。
現実よりも圧倒的にハードルが低かったです。
生活リズムまでゲーム中心になった
小学生の頃の僕は、むしろかなり生活リズムが良かったと思います。夜遅くまで起きていられず、9時や10時には眠くなっていました。朝も6時や7時くらいに起きる。かなり健康的です。
でも中学生になってゲームにハマってからは、深夜まで起きることが増えました。当然、学校では眠くなります。
学校生活より、家に帰ってからの時間の方を優先する。人間関係だけでなく、生活そのものが少しずつそちら側に寄っていきました。
高校では「友達を作ろう」と思った。でも動けなかった
高校に入る時には、さすがに僕も思いました。
今度は友達を作ろう、と。
新しい環境です。新しい人もいます。だからやり直せる気がします。
でも、できませんでした。
小学校から人との関わりを減らして、中学校でもほとんどコミュニケーションを取っていない。そんな状態から、高校に入った瞬間だけ急に人に話しかけられるようになるわけではありません。
「話しかけよう」とは思います。でも一歩が出ません。
さらに僕の住んでいた地域はかなり田舎でした。僕の中学校も、いくつかの小学校から人が集まってきていました。高校も、多くの人が近隣のいくつかの高校へ進学します。
つまり高校へ行っても、ある程度すでに人間関係ができています。
もちろん、自分から話しかければどうにかなった可能性は十分あります。全部環境のせいだとは思っていません。
ただ、すでにできているグループの中へ、一人で入っていくハードルは僕にはかなり高く感じました。
結局、高校でも学校が終われば家へ帰って、ゲームやアニメを楽しむ生活が続きました。
大学なら本当にリセットできると思っていた
大学では地元を離れました。一人暮らしも始まり、完全に新しい環境です。知り合いもほとんどいません。
今度こそ本当にチャンスだと思いました。友達を作りたい。リアルでも人と遊びたい。そういう気持ちはありました。
でも、また動けませんでした。
小学校、中学校、高校と何年も同じ生活をしてきています。一人でいることが当たり前になっている。人に話しかけないことが普通になっている。
その状態から、
「今日から大学生だから話しかけよう」
なんて簡単には切り替えられませんでした。
頭では分かっています。ここで動かなかったらまた同じことになる。でも一歩が出ない。
今振り返ると、一人でいることに慣れすぎて、むしろ人に話しかけることの方が違和感になっていたのかもしれません。
会話はできる。でも会話を関係に変えられない
僕は別に、まったく喋れないわけではありません。話しかけられれば返事はできます。
大学でも、隣にいた人から、
「教授、さっき何て言ってた?」
みたいに聞かれたことがあります。
僕は普通に答えます。そして終了です。
情報伝達完了。以上。
今考えれば、そこでもう一言、
「この授業分かりにくいよね」
とか、
「課題もうやった?」
とか言えば、もう少し会話が続いた可能性があります。何回かそういうやり取りをすれば、友達になっていた可能性だってあります。
でも僕は、聞かれたことに答えたらそこで終わってしまう。
たぶん僕が苦手なのは「喋ること」そのものではありません。自分のことを話すだけなら、かなり喋れます。こうして文章にすることもできます。
でも、
相手と会話のラリーをして、そこから関係を作っていくことが苦手です。
僕の中で「コミュニケーションが上手い人」というのは、初対面の人に自分から話しかけられる人です。そこから会話を広げられる人。続けられる人。
僕にはそれがなかなかできません。
今ではSNSですら自分から話しかけにくい
昔は、現実で人と話すことが苦手な理由として、赤面や緊張がありました。でも今は、SNSですら自分から交流することが難しくなっています。
SNSなら顔なんて見えません。赤くなろうが関係ありません。
それでも、
「急にリプしたら、なんでこいつ急に話しかけてきたんだろうと思われないかな」
みたいなことを考えて、結局送らない。
僕のSNSを見ると、基本的には壁打ちです。アニメを見た。面白かった。こう感じた。それを書いて終わり。
自分から誰かに絡みに行くことはあまりありません。
ここまで来ると、単純に対面が苦手というより、
人と関係を作る行為そのものに慣れていない
という方が近いのかもしれません。
ゲームやアニメなど、一人で完結する娯楽だけで満たされていた
ゲームだけが原因だったとは思っていません。アニメも見ます。YouTubeも見ます。ネットもあります。全部、一人で楽しめます。
今の時代は、家から出なくてもかなり楽しく生活できます。
僕は運動も嫌いではありません。ランニングをすることもあります。だから「ゲームばかりで一切外に出なかった」という話でもありません。
問題は、楽しさのほとんどが一人で完結してしまったことだと思います。
家に帰ればゲーム。アニメ。YouTube。ネット。
誰かと一緒にいなくても困りません。僕にとっては、それで十分楽しかったんです。
だからリアルで人間関係を作る優先順位がどんどん下がっていきました。
ゲームをやめればよかった、とは思っていない
それでも、僕はゲームをやめればよかったとは思っていません。ゲームをしていた時間は普通に楽しかったです。毎日楽しかった。
だから、その時間自体を全部否定する気はありません。
もしゲームではなく、僕が陸上にものすごくハマっていたとしても、似たようなことが起きていた可能性はあると思います。毎日練習したい。友達と帰るより走りたい。それなら結果として、人との時間は減るかもしれません。
アニメでもYouTubeでも、勉強でも仕事でも同じです。たまたま僕の場合、それがゲームだった。
だから僕が怖いと思うのは、ゲームそのものではなく、
一つのことだけで生活を完結させてしまうことです。
世の中には、
「これ一本で生きてきました」
みたいな人がいます。一つのことにすべてを賭けて、結果を出した人。それはすごいと思います。
でも当然、全員が成功するわけではありません。
僕の場合、ゲームに熱中した結果、プロゲーマーになったわけでも、配信者として成功したわけでもありません。ただ楽しかった。それだけです。
もちろん、それも人生として悪いとは思いません。
ただ、その一方で人と付き合う経験はほとんど積みませんでした。一つのものに多くの時間を使った結果、他の部分がほぼゼロになってしまった。
これが僕の一番のしくじりだったと思います。
一番もったいなかったのは、人付き合いの経験
今振り返って、一番もったいなかったと思うのは、人付き合いの経験です。
学生時代の思い出もあまりありません。行事には参加していました。でもアルバムを見返すことはほとんどありません。
見返したところで、そこから思い出す人間関係があまりないからです。
同窓会があったとしても、僕はたぶん行きません。話す人がいないからです。
昔の自分に何か一つ言えるなら、
「ゲームをやめろ」ではなく、「人と話せ」
と言います。
毎日友達と遊べ、とまでは言いません。ゲームをやるなとも言いません。
でも、たまには一緒に帰ればよかった。誘いを全部断らなくてもよかった。自分が今一番やりたいことだけを優先せず、少しくらい回り道をしてもよかった。
今ならそう思います。
それでも今、人とつながりたいとは思っている
面白いことに、僕は今でも人とのつながり自体を嫌っているわけではありません。むしろ、あったらいいなと思っています。
僕は今アニメをかなり見ています。映画館にも一人で行きます。
映画が終わった後、友達同士で来ている人たちが、
「ここ良かったよね」
「あそこ好きだったわ」
みたいに話している声が聞こえてくることがあります。
そういう時は、少し羨ましくなります。友達がいたら、こうやって感想を話して帰る生活もあったのかな、と。
僕はその代わりに、SNSやブログに感想を書いています。
考えてみれば、それだって人とのつながりを求めている行動なのかもしれません。本当に自分だけの記録でいいなら、紙の日記に書けばいい。わざわざネット上に公開する必要はありません。
それでもSNSに書く。ブログに書く。
どこかで、
「これ分かる人いるかな」
「誰かにこの気持ちが届いたらいいな」
と思っている自分がいるんだと思います。
ゲーム100、人付き合い0じゃなくてもよかった
結局、僕が今思うのはこれです。
ゲームが悪かったわけではない。一人で楽しむことが悪いわけでもない。友達が絶対に必要だ、と言いたいわけでもありません。一人の方が楽な人だっています。
ただ、僕の場合は人付き合いがあった方がよかったと思っています。
だから、
ゲーム100、人付き合い0にしなくてもよかった。
ゲームを楽しみながら、少しくらい誰かと帰る。家でアニメを見る日があっても、たまには誰かと遊ぶ。
それくらいでよかったんだと思います。
一つのことに熱中するのは悪いことではありません。でも、それ以外を全部ゼロにしてしまうと、後から必要になった時にかなり苦労することがあります。
僕はそれを身をもって経験しました。
で、ここからどうするんだ
ここまで書いてきて、じゃあこれからどうするんだという話です。正直、僕にもよく分かりません。
小学生の頃から人との関わりを後回しにして、中学、高校、大学とそのまま来ました。今さら急に、
「よし、明日から人に話しかけよう」
で全部変わるなら、たぶんここまで苦労していません。
一人でいることにはもうかなり慣れています。ゲームも好きです。アニメも好きです。一人で映画を見るのも普通に楽しいです。
なので、別に今の生活が地獄というわけでもありません。
むしろそこが厄介です。
一人でも普通に楽しいから、わざわざ人と関わるために動かなくても生活できてしまう。でもその一方で、映画を見た後に誰かと感想を話している人を見ると、「いいな」と思う自分もいます。
じゃあ人と関わりたいのか。たぶん、関わりたいです。
でも自分から話しかけるのは怖い。SNSですらリプを送るのに少し迷う。
いや、ほんとどうすんだこれ。
たぶんいきなり友達を作ろうとするより、まずは少し人と話す回数を増やすくらいから始めるしかないんだと思います。
趣味の話を一言する。SNSで気になった投稿にたまに反応する。映画やアニメの感想を誰かと少し共有する。
そのくらいなら、今の僕でもできるかもしれません。
ゲームに熱中して、人との関わりを後回しにした結果、僕は人付き合いがかなり下手になりました。別に人生が終わったわけではありません。
ただ、これからどうするかは普通に課題です。
世の中には、一つのことに突っ切って成功する人もいます。その一方で、一つのことばかりやった結果、他の能力がほとんど育たなかった人間もいます。
僕はたぶん後者です。
まあ、こういうやつもいるんだなと思ってもらえれば十分です。
そして昔の自分にもう一度言うなら、やっぱりこれです。
たまにはゲームを置いて、人と話せ。
……いや、本当に。


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